本記事では抗うつ薬として2019年9月に本邦で承認されたボルチオキセチン(商品名:トリンテリックス)に関して解説していきいます。
今までの抗うつ薬とは作用機序が異なり、セロトニン再取り込み阻害作用に加えて、
セロトニン受容体調節作用を持ち半減期は長い(約68時間)のが特徴です。
肝機能や腎機能による調整や食事による影響もなく、用法用量は1日1回、さらにはQT/QTcへの影響や自動車運転能力への影響ないため、使いやすいのではないかと期待しています。
基本情報
効能・効果:うつ病・うつ状態
用法・用量:1日1回10mg
最大用量:1日1回20mg(増量は1週間以上の間隔をあけること)
Tmax 12hr
半減期 67.63hr
腎機能による調整 なし
肝機能による調整 なし
食事の影響 なし
併用禁忌薬 あり
禁忌疾患等 なし
粉砕は可能か
トリンテリックスのインタビューフォーム:有効成分の各種条件下における安定性
苛酷試験(60℃、80%RH、ガラス製容器の開放系で保管)にて4週間変化なし
加速試験(40℃、75%RH、ポリエチレン袋を段ボール箱で保管)にて6か月変化なし
光安定性試験(120万lx・h、200W・hr/㎡)にて変化なし
上記の結果と剤型も特に粉砕ができないような加工もされていないので粉砕は可能と考えられます。
一包化は可能か
トリンテリックスのインタビューフォーム:製剤の各種条件下における安定性
加速試験(40℃、75%RH、PTP包装品)にて6か月変化なし
光安定性試験(120万lx・h、424W・hr/㎡、包装なし)にて変化なし
上記のデータとひとつ前の項目で参照したトリンテリックスのインタビューフォーム:有効成分の各種条件下における安定性から、一包化可能と考えます。
作用機序
ボルチオキセチンはセロトニン再取り込み阻害作用に加えて、セロトニン受容体調節作用(セロトニン3受容体、セロトニン7受容体及びセロトニン1D受容体のアンタゴニスト作用、セロトニン1B受容体部分アゴニスト作用、セロトニン1A受容体アゴニスト作用)をもちます。
増量に1週間以上の間隔をあける理由
主な副作用である悪心、嘔吐が1週間以上経過すると自然と減少する傾向にあるため、これらの副作用を評価したうえで増量を検討するために「増量は1週間以上の間隔をあけること」とされています。
半減期は約68時間と長いため、血中濃度が安定するには2週間程度はかかるので薬効評価としては1週間だと抗うつ薬ということを考えても早すぎるように思います。ですので、特に最初の1週間は主に副作用評価を行いましょう。
飲み忘れたらどうする?
気がついたときに1回分を飲みましょう。寝る前までに気づけば1回分を服薬していいと考えます。もちろん絶対に2回分を一度に飲んではいけません。
中止の方法は?離脱症状はある?
抗うつ薬のなかでは珍しく、離脱症状は基本的にはないと考えて良いようです。そのため、中止の際は漸減でなくてもよいとのことです(メーカー確認)
ただ、米国では15mgまたは20mgを服用している患者では、中止の際は服用中止前1週間は10mgの投与を推奨とされていることから、一度10mg投与としたうえで中止が安全なのではないかと考えます。
投与中止や減量後に離脱症状として不安、焦燥、興奮、浮動性めまい、錯覚感、頭痛や悪心などが見られないかの注意は必要と考えます。
主な副作用と対策
主な副作用には悪心、嘔吐、傾眠、頭痛があります。
悪心、嘔吐に関しては1週間以上経過すると自然と減少するため、あらかじめ悪心や嘔吐の副作用を説明しておくことで早期の治療からの離脱を防ぎましょう。ただ、患者によっては強い嘔吐が残るケースもあるため、注意が必要です。
また、セロトニン増加に伴う症状と考えて、モサプリド(ガスモチン®)や漢方で対応するのも良いでしょう。
傾眠も徐々に減少傾向となるため、しばらく経過観察したうえであまりに眠気が強い場合は服薬のタイミングによる調整や減量や中止の検討が必要です。
QT/QTcや自動車運転能力への影響は?
全て海外のデータですが、抗うつ薬でよく注意喚起されるQT/QTcへの影響はなく、自動車運転能力への影響もないとされています。
効果を評価するタイミング
8週でプラセボとの有意差が確認されています。評価のタイミングとしては2か月程度見る必要があると思われます。
ただ、開始用量からはじめ、忍容性を確認しながら最大容量まで増量するのが抗うつ薬の基本的な使い方であることを考えると、なかなか8週間かけて増量を評価するのは長く思います。
半減期(67.63hr)を考慮し、血中濃度が安定するまでに半減期の4~5倍程度必要と考えて11日~14日程度してから一旦増量するかを検討、重度の場合は1週間後に20mgに増量を行うといった感じになるのではないかと考えます。
腎機能や肝機能による調整は必要か?
特に必要はありません。
食事の影響はある?食前、食後による差は?
用法(服用のタイミング)の規定はなく、食事の前でも後でもいつでも特に大きな差はありません。
アルコールと一緒に飲んでしまったけど大丈夫か?
エタノールとの相互作用はなく、薬力学的作用にも影響はないとの報告があることから、アルコールと一緒にのんでもさほど影響はないと考えられます。
ただ、類薬(三環系抗うつ薬、四環系抗うつ剤、デュロキセチン、ミルタザピンなど)では作用増強の注意喚起があることから、アルコールと一緒に飲むことは避けましょう。
相互作用
主な代謝酵素:グルクロン酸抱合
ボルチオキセチンの代謝には複数のCYP分子種(CYP2D6、CYP3A4/5、CYP2C19、CYP2C9、CYP2A6、CYP2C8及びCYP2B6)が関与しています。
併用禁忌
モノアミン酸化酵素(MAO)阻害剤を投与中又は投与中止後14日間以内の患者は禁忌です。つまり、セレギリン(エフピー)、ラサギリン(アジレクト)の投与もしくは中止後14日間は禁忌なので注意が必要です。
併用注意
①CYP2D6阻害剤(パロキセチン、キニジン硫酸塩)
併用すると本剤の血中濃度が上昇し、副作用があらわれるおそれがあるため注意が必要です。10㎎を上限とすることが望ましいでしょう。
抗うつ薬との併用は基本的に飲み合わせとしては問題ありませんが、パロキセチンとの併用は十分に注意が必要です。
②CYP2D6の阻害作用を有する薬剤を投与中の患者又は遺伝的にCYP2D6の活性が欠損していることが判明している患者(Poor Metabolizer)
血中濃度が上昇するおそれがあるため、投与に際しては、患者の状態を注意深く観察し、慎重に投与し、10㎎を上限とすることが望ましいとされています。
③肝薬物代謝酵素(CYP3A4/5、CYP2C19、CYP2C9、CYP2C8及びCYP2B6)の誘導作用を有する薬剤(リファンピシン、カルバマゼピン、フェニトイン等)
代謝が促進されることで血中濃度が低下し、作用が減弱するおそれがあるとされています。併用する場合は、状態に応じて、用量の適宜調節が必要となる可能性があります。
ちなみに…
健康成人(14例)にリファンピシン600㎎反復投与時にボルチオキセチン20㎎を単回単独投与したとき、ボルチオキセチンの単回投与時に比べてリファンピシン併用投与時のボルチオキセチンのAUCは77.20%低かった。(外国人データ)
というところから、リファンピシンとの併用の場合は効果があまり期待できないと考えます。
妊婦・授乳婦への影響は?
妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること。
添付文書の決まり文句が書いてあります。授乳婦に関しても同様です。
現時点では薬学的な評価はできません。
指導のポイント
・併用禁忌薬の確認
セレギリン(エフピー)、ラサギリン(アジレクト)を投与中又は投与中止後14日間以内でないかの確認
・併用注意薬(CYP2D6阻害剤:パロキセチン、キニジン、リファンピシン)の確認
CYP2D6阻害薬を併用する場合は血中濃度が通常よりも大きく上昇し副作用リスクが高まり、リファンピシンと併用の場合は代謝が促進され、効果を十分に得られない可能性あり。
・悪心、嘔吐、傾眠が主な副作用だが、投与開始初期のみに起こることが多く、1週間程度たつと自然と減少していくことを説明したうえで経過を観察する。
・用法用量の説明(1日1回)